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大津地方裁判所 平成11年(ヨ)3号 決定

債権者

中主町比江区(X1)

右代表者区長

平中多巳次

債権者

平中多巳次(X2) (ほか二三名)

右債権者ら代理人弁護士

稲村五男

久保哲夫

小林務

債務者

守山市(Y)

右代表者市長

甲斐道清

右債務者代理人弁護士

野玉三郎

理由

第三 当裁判所の判断

一  債権者比江区の申立てについて

1  債権者比江区は、滋賀県野洲郡中主町大字比江区の住民によって、区行政の民主的かつ能率的発展と区の健全な発達を期することを目的として組織された団体であって、その組織運営を定めた規約を有し、右目的達成のために区民から区費等を徴し、区民の選挙により区長等の役員を選挙し、区長が区を代表して区政を総括するのを始め、各役員において区の事業や財産管理その他事務処理に当たり、定期の総会が開催され、総会において事業や会計報告等がなされていることが認められるから(〔証拠略〕)、債権者比江区は、いわゆる権利能力なき社団であると認めるのが相当である。

2  しかしながら、債権者比江区は、人格権に基づいて本件仮処分の申立てをなす旨主張するところ、本件において債権者らが主張する人格権の内容は、生命・身体・健康という性質上自然人に特有のものであって、権利能力なき社団としての債権者比江区が享有主体となり得る人格権(債権者比江区も、権利能力なき社団として、社会的な評価である品格・名声・信用等を享有し得る権利を有するものということができる。)であるとはいえないから、人格権に基づく債権者比江区の本件申立ては理由がない。

二  債権者平中らの申立てについて

1  本件仮処分命令の申立ては、永年にわたって債務者によりごみ焼却場・処分場として使用されてきたことから、本件土地がダイオキシン類や重金属等により汚染され、その汚染が現在では地下水汚染にまで至っており、そのために、債権者平中らがその生命・身体・健康を侵害されているか、そのおそれにさらされているとして、債務者に対し、本件土地内の水質及び土壌調査をなすことを求め、あるいは、調査の準備のために、債権者平中らが本件土地内に立ち入ることを妨害してはならないことを求めるものである。

2  人が生命、身体、健康を維持し、安全な生活を享受する利益は、人の基本的な生活利益に属するものであり、人格権として法的に保護されるべきものであるから、人が、他から、その生命・身体・健康を理由なく侵害され、又は侵害されるおそれがある場合には、右権利の内容として、その侵害行為ないし侵害状態を排除、除去し、侵害行為の差止めを求めることができると解するのが相当である。

したがって、債権者平中らは、本件土地及び地下水がダイオキシン類や重金属等により汚染されているため、その生命・身体・健康を侵害されているか、そのおそれにさらされていること及び保全の必要性を疎明すれば、仮の地位を定める仮処分の方法により、人格権に基づき本件土地のごみや汚染物質等の除去等を求めることができるというべきである。

3  しかしながら、人格権に基づいて生命・身体・健康を侵害されているか、そのおそれにさらされているとして、右侵害行為や侵害状態の排除や差止めを求めることができるとしても、右侵害行為ないし侵害状態の排除や差止めを求めるための法的手続を将来採った場合、債権者において主張・立証すべき事実となる人格権侵害の事実の有無、程度に関する資料収集のために、債務者に対し一定の行為をなすことを求め、あるいはその準備等のために債権者においてなす行為を受忍すべきことを求めることは、人格権の内容には含まれていないと解するべきである。すなわち、右資料収集は、本来、債権者が自己の権限と責任の範囲内においてなすべき事柄であって、相手方である債務者としては、法令で義務付けられた場合以外、債権者のためにこれをなすべき義務があるということはできない。また、債務者は、地方公共団体として、住民及び滞在者の安全、健康及び福祉を保持することを事務の一つとするが(地方自治法二条三項一号)、そのことから、直ちに、債権者らに対し、地下水汚染、土壌汚染の予防排除、その前提とした調査を行うべき義務があるということもできない。

4  しかるに、債権者平中らの本件申立ては、人格権が侵害され、又は侵害されるおそれがあるとして、侵害行為ないし侵害状態の排除や差止めを求めるものでも、右説示にかかる人格権の実現を直接図るものでもなく、むしろ、右侵害行為ないし侵害状態の排除や差止を求めるための法的手続をとった場合、債権者平中らにおいて主張・立証すべき事実となる人格権侵害の事実の有無、程度に関する資料収集のために、債務者に対し本件調査をなすことを求め、あるいは債権者らが本件土地に立ち入ることの妨害禁止などを求めるものであるから、人格権の内容として、債務者に対し、右のような行為をなすことを求め、あるいは債務者に債権者らの行為を受忍すべき義務があると解することはできない。

三  結論、

よって、債権者らの本件申立ては、いずれも被保全権利に関する主張がそれ自体失当であるから、これを却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 神吉正則 裁判官 末永雅之 後藤真孝)

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